【画像】森永卓郎の嫁は弘子!妻と離婚危機の理由は父親のワンオペ介護?

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経済アナリストの森永卓郎(もりながたくろう)さんが、2025年1月28日、原発不明ガンの為67歳で亡くなられました。
闘病生活を送りながらも、最後まで経済アナリストとしてテレビ出演されていたのがとても印象的でした。

森永さんは奥さんと2人の息子さんとの4人家族でしたが、何歳の頃に結婚されたんでしょうか?
今回は、森永卓郎さんとその奥さんとの出会いのきっかけや馴れ初め、40年以上に及ぶ夫婦生活のエピソードの一部などを紹介していこうと思います。

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もくじ

森永卓郎の学歴は東京大学経済学部で帰国子女の経歴も!

画像引用元https://prtimes.jp/

森永卓郎さんは1957年7月12日生まれの67歳でした。(2025年1月現在)
東京都目黒区の出身で父親は毎日新聞の記者でしたので、森永さんは幼い頃から色んなことろで暮らしています。

父親の仕事の都合で、小学校1年の時にアメリカのボストンへ引っ越します。
小学校4年の時はオーストリアのウィーン、5年でスイスのジュネーブと父の赴任に合わせて海外生活を送った経歴を持つ帰国子女でした。

帰国後は、公立の小学校、中学、高校を卒業し、大学へ進学。
森永さんの出身大学は

東京大学経済学経済学科

です。
帰国子女で東大卒だなんて、めちゃくちゃエリートですよね。

【画像】森永卓郎と嫁の弘子の馴れ初めは?専売公社時代の忘年会が出会い

画像引用元https://news.1242.com/
ご夫婦でラジオ番組にご出演・一番右が妻の弘子さん

森永さんは東大卒業後、1980年に日本専売公社に入社。現在の日本たばこ産業株式会社(JT)になります。
奥さんの弘子さんと出会ったのは、森永さんが25歳、弘子さんが23歳の時です。

専売公社の関東支社の予算課の忘年会に誘われて参加したところ、そこで奥さんと出会ったそうです。
当時は主計課という予算配分を握る部署に配属されていた森永さんは調子に乗っていたそうで、忘年会に誘われた時に

行ってもいいけど、女連れて来いよな

と言ったらしく、関東支社が連れて来たのは予算課につとめていた弘子さんだったというわけです。

ちょっと今のご時世では問題になりそうなエピソードですが、お2人は結婚をされたわけですから運命の出会いだったというわけですよね。

ちなみに奥さんが森永さんのプロポーズを受けた理由は

怒らないから

というのが一つにあったようです。

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森永卓郎の妻との離婚危機!父親の介護を全うしてくれたことに感謝

画像引用元https://news.1242.com/
息子の康平さんとのツーショット

「怒らないからプロポーズを受けた」と奥さんが言うくらいですから、森永さんは感情的になって怒ったりすることはほとんどなかったそうです。

しかし裏を返せば、森永さんは究極の仕事人間で家のことには無関心だったとご本人があるインタビューでおっしゃってます。
関心がないのですから、感情的になることもそりゃないですよね。

子供が生まれてからもそれは変わることなく、奥さんはワンオペで子育てをしなくてはいけませんでした。

そのうち奥さんには「赤の他人」呼ばわりされ、子供達にはうちは「母子家庭」だと言われる始末。

加えて、脳出血で半身不随になってしまった森永さんのお父様の面倒を奥さんが見るように。
献身的に自分の父親の介護をしてくれていた奥さんに対して森永さんは気遣いのない言葉を発してしまい、一時は離婚危機も訪れていたようです。

お父様が体調を崩して入院、そのまま施設に入居された後も、

「ここまでお父さんのお世話をしてきたのだから、放り出すわけにはいかない」

と奥さんは毎日施設に通ってお父様のお世話をしていたそうです。

昭和の時代ですので、男は外で仕事をするものだという古風な考えが一般的だったとは思いますが、仕事人間の夫を持った弘子さんは子育てに介護にと大変だっただろうと想像します。

森永さんが仕事を優先しすぎて家庭をおろそかにしてしまった部分がありながら、それでも40年以夫婦を続けこられたということに、お2人の強い絆を感じます。

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【まとめ】森永卓郎の嫁は弘子!妻と離婚危機の理由は父親のワンオペ介護?

今回は経済アナリストの森永卓郎さんとその妻、弘子さんの出会いや馴れ初め、夫婦生活のエピソードなどを紹介しました。

・森永卓郎は父親の仕事の都合で小学校時代はアメリカやスイスなどで海外生活をしていた帰国子女
・東京大学経済学部卒業後は、日本専売公社(現日本たばこ産業㈱)に入社
・奥様の弘子さんは2歳年下で同じく専売公社で働いていた
・会社の忘年会で2人は出会う
・森永さんは、究極の仕事人間で子育ても父親の介護も妻にまかせっきりで離婚危機が訪れたことも

森永さんはご自分がガンになってしまったことで、奥さんと一緒に過ごす時間ができて40年以上の結婚生活の中で一緒にスーパーに行ったりと新婚気分を味わったと語っています。

厳しい闘病生活の中でも、夫婦の思い出がたくさんできていたらいいのになと思います。
森永卓郎さんのご冥福をお祈りいたします。

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会社員をしながら副業でWEBライターやってます。
話題のグルメなお店を探して食べにいくのがもっぱらの至福時間です。

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