俳優の高島礼子(たかしまれいこ)さん。
「陽炎」や「極道の妻たち」のイメージで強くて妖艶な女性の印象が強い彼女ですが、若い頃はレーサーを目指していて資金を稼ぐためにレースクイーンやキャンギャルをしていたのはご存じですか?
今回は、高島礼子さんのレーサー時代の若い頃や、レースクイーンをしていた理由などを紹介していこうと思います。
【画像】高島礼子の着物姿が綺麗!プロフィール紹介

高島礼子さんは1964年7月25日生まれの61歳(2025年8月現在)
神奈川県横浜市出身で、父・母・姉・本人の4人家族で育ちました。
高島さんといえば、映画「陽炎」や「極道の妻たち」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

映画「陽炎」

映画「極道の妻たち」
端正で柔和な顔立ちに着物がとてもお似合いで和服美人な高島さん。
映画では、男勝りな女性の役なので着物姿も個性的で強く見えがちですが、こんな素敵な和服姿も披露されています。


着物姿が美しい高島さんですが、若い頃は車のレーサーを目指していたんです。
着物姿からは想像がつきにくいですよね、理由が気になります。
本名/峯島 礼子(みねしまれいこ)
誕生日/1964年7月25日
年齢/61歳(2025年8月現在)
出身地/神奈川県横浜市
出身高校/神奈川県立野庭高等学校(現:横浜南陵高校)
身長/168cm
血液型/B型
高島礼子は元レーサー!レーサー時代の成績は?

和服美人な高島さん、実は若い頃はレーサーを目指していたんです。
高島さんが乗り物好きになったきっかけは、住んでいた街の環境でした。
横浜の実家は閑静な住宅街にあったんですが、どこの駅に行くのにもバスを使用しないといけなくてとても不便でした。
友達にバイクや車好きが多かったことや、不便な立地もあり高島さんも16歳で原付バイクの免許を取得します。
バイクという足を手に入れたことで、行動範囲が広くなった高島さん。
休日には湘南や箱根の方まで遠出したりと自由を楽しみました。
次に欲しくなるのは当然車の運転免許。
17歳で仮免許を取得し、18歳になったと同時の運転免許を取得しました。
高校を卒業すると、自動車関連の会社に就職します。19歳の時に、車好きの友人に誘われて行った富士スピードウェイで開催されるフレッシュマンズ・レースや筑波サーキットでの走行会でレースに魅了された高島さん。
なんと、21歳の時にJAF公認の「モータースポーツ国内A級ライセンス」を取得しています。
国内競技運転者許可証A(国内Aライセンス)を取得すると、JAF公認競技のレースに参加・出場できます。ナンバー付きのワンメイクレースを始め、全国のJAF公認サーキットで開催されるJAF地方選手権レースなどに参加できますが、スーパーフォーミュラやスーパーGTなどに参加するためには、より上級のライセンスが必要になります。
引用元https://motorsports.jaf.or.jp/
レーサーとしての活動期間は約2年で、レースに出場したのは2回。
レディースが出場する(いすゞ)ジェミニのワンメイクレースと男女混合の富士フレッシュマンでした。
結果は散々なものだったそうです。レースは厳しい世界ですもんね。
男中心の世界であろうカーレースに挑戦して、成績は残せなくとも実績を残した高島さんの行動力は素晴らしいですよね。
高島礼子の若い頃のキャンギャル時代の写真!レース資金を稼ぐため!

写真左が高島礼子
カーレースというのはとてもお金がかかります。
高島さんもカーレースのために何百万円も使ったとあるインタビューで語っています。
まず普段の練習をサーキットで行っていたそうです。
確かに公道ではスピード制限があるし危険ですもんね。
自分で2トントラックを借りて、車を運んでの練習。
車のメンテナンス代、走行費、ガソリン代、手伝ってくれた人たちの食事代、宿泊費など全て自己負担です。
成績を残していればスポンサーもついていたと思いますが、高島さんはそこまでではありませんでした。
そこで高島さん、レース資金を稼ぐためにキャンギャル(キャンペーンガール)の仕事を始めます。
当時はバブルで景気も良かったことから、ギャラも良かったそうです。


キャンギャルの高島さんのかわいいです。若い頃と現在を比べてもあまり変わってないですよね。
キャビンレーシングのレースクイーンとして、毎週のようにGTとF3000に参戦していた高島さん。
ケガをしたらキャンギャルの仕事ができなくなるという理由からチームからレーサーを辞めるように言われた高島さん。
キャンギャルの仕事のやりがいがあって楽しかったと語っている高島さん。
もしキャンギャルの仕事をしなかったら、俳優の高島礼子は存在しなかったかも?と思うと人生はどこでこうなるのか分かりませんよね。
【まとめ】高島礼子のレーサー時代!若い頃はキャンギャルで資金稼ぎも
今回は俳優の高島礼子さんの若い頃のレーサーやキャンギャル時代について紹介しました。
・高島礼子が乗り物に興味を持ったのは実家の立地が不便だったから
・16歳で原付バイク・18歳で運転免許を取得
・21歳でJAF公認の「モータースポーツ国内A級ライセンス」を取得
・レースに出場したのは2回きりで結果は散々だった
・(いすゞ)ジェミニのワンメイクレースと男女混合の富士フレッシュマンに出場
・レース資金を稼ぐためにキャンギャルをしていた
・キャビンレーシングのレースクイーンとしても活動
高島礼子さんの今後の活躍も楽しみですね。
応援して行きましょう!
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